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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)709号 判決

原告 東京信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 大村金次郎

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 山本隆

〈外二名〉

右訴訟復代理人弁護士 宮崎明雄

主文

一、被告と訴外Bとの間の別紙物件目録記載の土地建物についての平成二年六月一〇日付贈与契約を取消す。

二、被告は、右土地建物について浦和地方法務局志木出張所平成二年一二月二五日受付第五三〇八六号をもってなされたB持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は二分し、その一は原告の、その余は被告の、各負担とする。

事実及び理由

第一、原告の主たる申立

一、被告と訴外B(Bと略称)との間の、別紙物件目録記載の土地建物(本件土地建物と略称)についての平成元年一二月二二日付贈与契約(本件贈与一と略称)及び平成二年六月一〇日付贈与契約(本件贈与二と略称)を、いずれも取消す。

二、被告は、右土地建物についてなされた次の各登記の抹消登記手続をせよ。

1. 浦和地方法務局志木出張所(志木出張所と略称)平成元年一二月二八日受付第六一九二八号所有権一部移転登記

2. 志木出張所平成二年一二月二五日受付第五三〇八六号B持分全部移転登記

第二、事実の概要

一、原告の請求

詐害行為取消権に基づく贈与契約の取消と同贈与を原因とする登記の抹消登記手続請求

二、争いない事実と主たる争点以外の事実

1. 当事者及び関係者

原告は信用金庫法による信用金庫である。

被告とBは、職場の同僚として知り合って昭和三八年に婚姻届をした夫婦であり、その間に昭和三九年、昭和四三年、昭和四四年と三人の子供を儲けたが、平成二年一二月二五日離婚した。

Bは、被告の協力を得て昭和四五年に製本加工等を業とする株式会社ニューブック(ニューブックと略称)を設立し、代表者となって経営し、昭和六一年ころから原告を初めとする金融機関から融資を受けて株式の取引を始め、株式会社アルファ化学(アルファ化学と略称)を通じて株式の取引をするなどし、一時は相当の収入を得て不動産等を購入したが、平成二年のバブルの崩壊で、多額の負債を負うこととなった。また、Bは、昭和五三年ころから訴外Cと半分同居するような状況となり、その間に子供を儲けるなどし、被告と離婚後に同女と婚姻している。

2. 原告のBに対する債権

原告は、Bとの間で信用金庫取引約定を結び、次のとおり金銭を貸付け(本件貸金債権と略称)、平成四年六月一日当時の残元本は合計七億八一三〇万八五二〇円であった。

貸付日(年月日)

貸付方法

貸付金(万円)

残元本(万円)

(一)

昭六二・二・二

手形

八〇〇〇

七〇〇〇

(二)

昭六二・三・一六

手形

九〇〇〇

九〇〇〇

(三)

昭六二・四・二二

手形

二五〇〇

一八〇・八五二〇

(四)

昭六二・一一・一二

手形

七六五〇

七六五〇

(五)

平一・三・一四

手形

九五〇〇

九五〇〇

(六)

平一・四・四

手形

一億六二〇〇

一億六二〇〇

(七)

平一・一二・二〇

証書

一億二〇〇〇

一億二〇〇〇

(八)

平一・一二・二九

証書

七六〇〇

七六〇〇

(九)

平二・一・三一

証書

九〇〇〇

九〇〇〇

3. 贈与と登記

Bは、次のとおり、被告との間でB所有の本件土地建物についての贈与契約を結び、これを原因とする登記手続をした。

(一)  平成元年一二月二二日、持分二分の一贈与(本件贈与一)、同月二八日志木出張所受付第六一九二八号所有権一部移転登記

(二)  平成二年六月一〇日、残持分全部の贈与(本件贈与二)、同年一二月二五日志木出張所受付第五三〇八六号B持分全部移転登記

三、主たる争点

1. 本件各贈与のなされた平成元年一二月一二月二二日及び平成二年六月一〇日当時、Bが債務超過の状態であったか。

2. 右各日時に、原告はその債権を満足させるに足りる物的担保を有していたか。

3. 本件各贈与は実質は財産分与であり詐害行為取消の対象とならないか。

4. 本件各贈与当時、Bは債権者を害することを知り、被告は債権者を害することを知らなかったか。

第三、主たる争点に対する判断

一、本件各贈与のなされた平成元年一二月二二日及び平成二年六月一〇日当時、Bが債務超過の状態であったか。

1. 双方の主張

(一)  原告

Bは、平成元年一二月二二日当時九億九六四〇万円を越える債務を負担していたのにその資産は九億三二三〇万円程度であり、平成二年六月一〇日当時は、平成元年当時の債務は減らないのに、資産は減っていた。

(二)  被告

Bは、別紙財産目録記載のとおり、平成元年一二月二二日当時二四億円を越える資産を有していたのに、その債務は一四億五二九一万円程度に過ぎなかったし、平成二年六月一〇日当時の資産は二二億円を越えるのにその債務は一五億六九五一万円程度であった。

2. 平成元年一二月二二日当時の資産状況

(一)  〈証拠〉等によれば、

Bは、平成元年一二月二二日当時、

(1) その資産として、少なくとも別紙財産目録記載1(1)の不動産、(2)の預金等及び(4)の有価証券を有し、同(1)の不動産の時価は同記載のとおりであったこと、同(4)の有価証券の時価は同目録1(4)の各欄の下段の括弧内の数字のとおりであること、その総額は一五億七四三九万五〇七一円であること

(2) その債務として、別紙財産目録記載2の負債を負い、その総額は一四億五二九一万二八一四円であること

が認められる。

(二)  右有価証券の評価につき、被告は平成元年一二月末日のものを主張するが、本件贈与一は同月二二日になされたものであるから、同日以降の財産状態の検討を要する。

そこで検討するに、甲第一七号証の一及び二によれば同月二五日当時の株価が別紙財産目録1(4)の各欄の下段の括弧内の数字のとおりである。(協栄産業については証拠がないが甲第一八号証の三によれば前記認定の額より高額であるから少なくとも前記認定のとおりであると推定される。)から同月二二日当時も少なくとも前記認定のとおりであることが推定される。

(三)  被告はBの資産として、アルファ化学への貸金を主張するが、アルファ化学は、後記のとおり主としてBが株式の取引に利用していた会社であり、その資産状況を示すものとしては乙第一四号証、一八号証の一ないし一七、三六号証の一ないし九、三七号証等しかなく、その実態は必ずしも明らかでない。

しかし、右乙第一四号証(決算報告書)によれば、アルファ化学は昭和六三年七月一日より平成元年六月三〇日までの決算においてBよりの借入金として一億一二三〇万一二三七円を計上している。

被告は、アルファ化学の帳簿(乙一八の一~一七)を援用して多額のBのアルファ化学への貸金の存在を主張するが、金融機関からの借り入れと記帳されているものをBの貸金と主張しており、これをそのまま認めることはできない。

結局、社長からの借り入れとして記帳されたものを算出すると、平成元年六月三〇日の後に同年一二月二二日までに借り入れた総額が一億五九九九万一九九〇円であり、弁済されたものが一億五六一三万〇六五三円であり、前記決算報告書からの増加分は三八六万一三三七円に過ぎず、これと前記借入金を合計すると一億一六一六万二五七四円となり、この限度でBの貸金を認めることができよう。

原告主張のとおり、アルファ化学は主にBの株式の取引のために利用されていた実態の薄い会社であるが、同社は株式も保有しており、右事実がアルファ化学へのBの貸金の評価を減ずる要素とは考えられない。

(四)  右アルファ化学への貸金と前記資産及び債務を総合考慮すれば、平成元年一二月二二日当時のBの財産状態は資産が一六億九〇五五万七六四五円で、債務が一四億五二九一万二八一四円であり、資産が二億三七六四万四八三一円多く、債務超過と言うことはできないし、他にこれを認めることのできる証拠はない。

そして、前記評価によれば本件土地建物の二分の一は一億四〇〇〇万円であるから、これを被告に贈与してもBの債権者を害することにはならない。

(五)  よって、その余の点について、判断するまでもなく、本件贈与一を詐害行為とする原告の主張は採用できない。

3. 平成二年六月一〇日当時の資産状況

(一)  〈証拠〉等によれば、Bは、平成二年六月一〇日当時、

(1) その資産として、別紙財産目録記載1(1)の不動産、(2)の預金等及び(4)の有価証券を有し、同(1)の不動産の時価は同記載のとおりであったこと、同(4)の有価証券の時価は同目録1(4)の各欄の下段の括弧内の数字のとおりであること、その総額は一〇億九六九一万一〇七七円であること

(2) その債務として、別紙財産目録記載2の負債を負い、その総額は一五億六九五一万八四〇八円であること

が認められる。

(二)  右有価証券の評価につき、被告は平成二年一二月末日のものを主張するが、本件贈与一は同年六月一〇日になされたものであるから、同日以降の財産状態の検討を要する。

そこで検討するに、甲第一八号証の一ないし三によれば、同年一二月二五日当時の株価が別紙財産目録1(4)の各欄の下段の括弧内の数字のとおりであることが認められるから、同年六月一〇日当時も少なくとも前記認定の金額を下らないことが推定される。

(三)  被告はBの資産として、アルファ化学への貸金を主張するが、アルファ化学は、主としてBが株式の取引に利用していた実態の薄い会社であること、その資産状況の実態は必ずしも明らかでないことは既に検討したとおりである。

被告は、平成二年六月当時Bのアルファ化学への貸金が一一億八〇〇〇万円余存在した旨主張し、アルファ化学の帳簿とする乙第三六号証の一ないし九を援用するが、右帳簿上で金融機関からの借り入れと記載されたものをBよりの借り入れと認めることはできない。

結局前記アルファ化学の決算報告書(乙三七)に計上された平成二年六月三〇日までの借り入れ金一億八四八八万三九四八円の限度でこれを認めることができよう。

(四)  右のとおりであるから、平成二年六月一〇日当時、Bの資産は一三億円弱、債務は一五億円強で、債務超過の状態にあったことは明らかである。

二、本件贈与二のなされた平成二年六月一〇日当時に、原告はその債権を満足させるに足りる物的担保を有していたか。

1. 原告が、右当時本件債権のために有していた物的担保は次のとおりであり、不動産の担保はその極度額の限度で担保価値があり、株式はそれぞれ記載のとおりの時価であった。

(一)  別紙財産目録記載1(1)ウの不動産に極度額一億七六五〇万円及び極度額九〇〇〇万円の各根抵当権

(二)  同イの不動産に極度額三〇〇〇万円の根抵当権

(三)  株式担保 二億八五七三万円

(1) 旭化成 一万株 @七一六円 計七一六万円

(2) 日本石油 三万株 九一〇円 二七三〇万円

(3) アマダ 二・四万株 一〇六〇円 二五四四万円

(4) 日本電子 五万株 九五〇円 四七五〇万円

(5) 西洋シーフード 〇・六万株 一四三〇円 八五八万円

(6) マルエツ 六・三万株 一七六〇円 一億一〇八八万円

(7) 十八銀行 五万株 六九三円 三四六五万円

(8) 神田通信工業 一万株 五八〇円 五八〇万円

(9) 日本インター 二万株 六三〇円 一二六〇万円

(10) NTT 六株 九七万円 五八二万円

2. 右株式につき、右認定の資料は平成二年一二月二五日当時のものであるが、同年六月一〇日当時の証拠資料がなく、右時点のものでこれを推定する外はない。

3. 平成二年六月一〇日当時の原告のBに対する債権は七億八〇〇〇万円を越えていたことは既に判示のとおりであるから、右物的担保を総計しても、Bの原告に対する債務の担保として不足していることは明らかである(甲第一八号証の一では、アドバンテストと味の素の株式も担保に供せられていたようであるが、両者で七七〇〇万円程度であり、これを加えても右結論に差異はない。)。

三、本件贈与二は実質的には財産分与であり詐害行為取消の対象とならないか。

本件贈与二の当時、Bと被告は既に離婚することに合意しており、右贈与も財産分与の意味をこめてなされたものである。しかし、財産分与の意味を込めた贈与は既に本件贈与一としてなされており、本件贈与二当時Bが債務超過の状態にあり、原告より本件土地建物を含む追加担保の要請を受けている時期になされたこと、当時の本件土地建物の二分の一の時価は一億二五〇〇万円であったこと等を考慮すれば、民法七六八条三項の規定の趣旨に反する不相当に過大なものと言え、詐害行為として取消請求の対象となることを肯定せざるを得ない。

四、本件贈与二の当時、Bは債権者を害することを知り、被告は債権者を害することを知らなかったか。

1. Bは原告よりの借り入れの債務者本人であり、その財産状況も熟知していたと考えられるから、本件贈与二が債権者を害することを知っていたものと考えられ、これを否定する同人の供述は採用できない。

2. 次に被告の詐害の認識の有無につき検討する。

被告は、Bとともにニューブックを創立し、当初はその経営にも関与してきたものであり、営業所にも時々出ていたこと、被告はBが株式の取引をしていることを承知しており、同人から多額の生活費の支給を受け、スポーツカーを買ってもらったり、外国旅行の費用を出させたりしていること、本件土地建物は被告が居住しており、既に本件贈与一により持分二分の一の贈与を受け、本件贈与二により確定的にその所有権を取得することとなり、これについての担保等につき関心がなかったとは考えにくいこと、本件土地建物については、既にBの持分につき仮処分がなされ、また、Bに対する債権者等からの種々の書面は被告の居住地に送付されており、被告がこれらの内容につき全く無関心で過ごしたとは考えにくいこと等を総合考慮すれば、本件贈与二の当時、被告はBの財産状況が必ずしも良くないことを知っていたものと推定でき、これを否定する被告の供述は採用できない。

結局、本件贈与二の当時、被告はこれにより債権者を害することとなることを認識していなかったと言うことはできない。

3. よって、本件贈与二は詐害行為として取消を免れない。

第四、結論

よって、原告の請求は、本件贈与二の取消とこれを原因とする移転登記の抹消を求める部分は理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 田村洋三)

〈以下省略〉

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